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本編
祖父の言葉は、すぐに現実化した。
店の周りを、スイーツを買うとは
到底思えない、ごつい面構えの男たちが
うろつくようになった。
看板を蹴り飛ばされたり、
わざとらしく店をのぞき込んで
チンピラ風の男「うわ、まずそー」
「きったねえ店だな、おい。
ケーキは貧乏くさいし、やたらと高ぇし」
大声をあげたりする。
迷惑行為はみるみるうちに
エスカレートした。
店の出入り口周辺に生ごみを
まき散らされた事もあった。
シャッターに落書きもされた。
くそまずい店、ぼったくり等々と。
なんて事をするんだ!
警察に相談はしたが、パトロールの
強化をするに話はとどまった。
こうなったら、止められてはいるが、
自衛するしか手はないのか。
10日後。
俺は思い詰めて、深夜に店の前で立った。
手には買ってきた竹刀。
ケンカは未経験で、職人根性はあれども
別にこわもてというほどでもない。
それでも、男には
やらなきゃいけない時がある。
ちょっとした興奮状態で、
ちんぴら連中が姿を現すのを待った。
午前1時少し前に、人影が三人現れた。
よく目を凝らてみると、どうやら
灯油を入れるポリタンクを
持っているようだった。
祖父が言っていた「店に火をつけてでも」が、
いよいよ現実味を帯びてきた。
スカ太郎「おまえら!」
興奮状態から、
頭に血が上りやすくなっていたようだ。
俺は思わず怒鳴ってしまい、
人影は慌てたように足を止めた。
チンピラ「なんだこいつ!?」
「店の奴じゃね?」
「だったら遠慮はいらねえや」
何かぼそぼそと話し合い、
先方も殺気立った。
一人がとびかかって来た。
俺は夢中で竹刀を振り回した。
でも素人まるだし、全然当たらない。
どたばたとやりあい、
怒鳴り合った時だった。
店の裏手から、誰かが飛び出してきた。
祖父だ!
祖父「スカ太郎!竹刀を貸せっ」
祖父は大声で言い、
俺から竹刀をひったくった。
そして、目の前で戦前パワーがさく裂した。
なにせ電気を嫌って機械に頼らない
主義の祖父だ、年を取ってはいても
腕力はけた外れ。
さらに、竹刀の扱い方が上手すぎた。
気合が入った大声と、
目にもとまらぬ速さで、祖父は戦った。
チンピラ「うわっ!」
「なんだこのジジィ、強いぞ!?」
ちんぴら連中はパニックになった。
祖父は竹刀で容赦なく倒していく。
頭や手首にヒットするたび、
すごい音がした。
次々と倒れるちんぴらども。
対する祖父は涼しい顔だった。
やがて周囲の家に、
次々と電灯がともった。
数人が出てきて、
どうしたんだと口々に聞いてくる。
誰かが警察を呼べと叫んでいた。
スカ太郎「じいちゃん、強いな」
祖父「意外か?戦前生まれの男なら、
体育の時間で柔道か剣道を必ず習う。
それに、こんなやわな連中なんか
比べ物にならない。
本物の怖いやつらが
うろうろしていた時代を生きてきたんだ。
まだまだ、若いもんには負けん」
我が祖父ながら、なんともたくましい。
やがて警察が来て、
灯油を持っていた怪しさから、
三人は仲良く捕まった。
俺と祖父も事情聴取を受けた。
以前に相談していた記録から、
すぐに正当防衛が認められた。
その後。
うちを立ち退かせようと
していた黒幕も捕まった。
情けない事に、父親だった。
俺もがっかりしたが、
祖父は俺以上にがく然とし、
意気消沈してしまった。
祖父「裏組織に関わるほど、
身を持ち崩していたとはな。
教育が悪かった」
さすがの祖父も寝込んでしまい、
店は俺に任せると弱々しく言った。
開店準備中、人が訪ねてきた。
父親「その節はお世話になりました」
スカ太郎「え?」
何のことか分からず、
きょとんとする俺に、男性の陰から
姿を見せた女の子が
にっこり笑いかけてきた。
ちょっと前に誕生日ケーキを
買いに来た、あの子だ!
以前とは打って変わって、
髪もきれいに整えられ、
服装も可愛いワンピース。
よく似合っていた。
ミヤコ「こんにちは!」
スカ太郎「ああ、こないだのお嬢ちゃん?」
ミヤコ「私、ミヤコです。お兄ちゃん」
とっても親し気に声をかけてくれた。
お兄ちゃんなんて、照れるなぁ。
そう思っていたら、男性も笑顔で
父親「いや、あなたは本当に、
ミヤコのお兄さんなんですよ。
異母兄妹です」
あやうく商品を
落っことしかける事を言った。
え?実の妹?
父親「そうです。この子は、
あなたのお父さんの子なんです。
虐待で、ひどい状態だった。
児童相談所が介入しましたが、
実の父がミヤコを手放さないと
言い張りまして。
最近、やっと養女縁組が成立したんです」
ミヤコ「あのね。
お父さんが、私に100円くれて。
このお店で誕生日ケーキを
100円で買ってこいって。
もし買えたら、
二番目のお父さんに私を譲るって」
ああ、二番目の誕生日じゃなくて、
二番目のお父さんの誕生日
という意味だったのか。
ミヤコの話で納得。
父親が補足説明をした。
父親「どうやら、私の誕生日に合わせて、
バースデーケーキを100円で用意しろと。
無理難題をふっかけて、
縁組を諦めさせるつもりだったようです。
ですが、ミヤコはケーキを持って帰った。
お陰様で、無事に縁組できたんですが、
あちらにすれば目論見が外れたわけで。
腹いせとして、儲け話にのりがてら
お店に仕返しする計画でした」
スカ太郎「そうだったんですか。
しかし、よく調べましたね?」
父親「私、こういう者です」
彼が取り出して見せたのは、
警察手帳だった。
ああ、なるほど。
父親「あなたも関係者です。
調書も読みました。
事件の全貌をお伝えしなければと
思いまして、お礼もかねて伺いました。
あらためて、ありがとうございます。
そして、捜査へのご協力にも感謝します」
ミヤコの新しい父親は、
びしっと敬礼をしてくれた。
店の借金問題もでっちあげ、
詐欺の疑いがあった。
ろくでなしな父親は、
さらに厳しい追及を受けることになった。
ついに本人が自白に及んで、
悪質な詐欺事件も立証され、
悪人はめでたくふさわしい場所へ収容された。
懲役15年の実刑判決だった。
あれから15年。
父親は出所したと聞いたが、
誰も助ける者はおらず、
公園でうずくまっているとの事だ。
可愛く成長したミヤコは、
無事に廃業を免れたうちの
ケーキ屋でアルバイト中。
年の離れた兄妹が切り盛りする店として、
最近では新規のお客さんも増えてきた。
合縁奇縁という言葉の不思議さを、
俺はつくづくかみしめている。
あ、そうそう。
俺の師匠、祖父はなんと現役だ。
今日も元気に店でケーキを焼いている。
もちろん、こだわりの薪オーブンで。
終