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本編
時計をちらっと見ると、
もうすぐ午前1時になるところだ。
深夜も深夜。こんな時間に、いきなり
の離婚要求。ちょっと考えられない。
しかしナナは大まじめだった。
ちらちらと、寝室の出入り口を
気にしながら話を続ける。
ナナ「ママ、お願いだから。
ナナの言うとおりにして」
アスカ「うーん…理由は?
訳も分からないのに、
お願いを聞く事はできないかな」
ナナ「あのね・・・」
私もできるだけ小さい声で、
最小限の疑問を娘に向けると、
恐ろしい内容が打ち明けられた。
こそこそ話だが、はっきり聞こえた。
まさかと叫ぶところだったが、
5歳の娘がそんな悪ふざけをするとも
いや考え付くとさえ思えない。
何より表情が、あまりにも強張って
いて、5歳児にできる
演技ではないと確信した。
アスカ「わかったよ、ナナ。
今すぐ離婚は難しいけど、
おうちを出る事はできるよ」
ナナ「うん、じゃあそうして」
寝室に置いてある中で、
取り急ぎどうしても必要だと
思われるものを、普段使いの
トートバッグへ押し込んでいく。
ナナはすでに支度を
終えていたようだ。
ナナ「もう戻ってこれないからね?
ママ、忘れ物はだめ」
アスカ「うん」
私と娘は、ものすごく手早く
外出の準備を終えて、静かに静かに。
そーっと寝室を出た。
夫は、たぶんリビングだろう。
いろんな意味で、そう予想がついた。
いろんな意味で、ね。
私たちは一軒家に住んでいる。
元々は夫の実家だった。
夫の両親は家を息子一家に譲って、
今は高齢者向けマンションに
移り住んでいる。
だからこそ、ナナが見抜いた
「あんなこと」を
思いついたのだろう。
あの夫に、そんな一面があったとは。
怖い。正直に言って、あの人が
自分の知らない別人に、
中身だけ入れ替わったような
気がしてならない。
実際のところは、
私が彼の本質に気づいていなかった
だけなのだろうけれど。