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本編
(あー。そっかそっか。
はいはい。じゃ、言われた通り、
出て行きますよ…)
俺は無言で洗面所に向かうと、
洗面台の蛇口を勢いよくひねり、
冷たい水で何度も顔を洗った。
そのままの姿勢で息を整えていると、
床のすみに置かれた洗濯カゴが
目に入った。
(俺の作業着…。)
洗濯カゴの中には作業着だけが
何着も、洗われもせずに
放置されていた…。
俺は顔を上げ、目の前の鏡に映った、
疲れ切った自分の顔を見た。
そして気合いを入れ直し、作業着を
まとめて拾い上げ、歩き出した。
旅行用のキャリーケースを押入れから
引っ張り出し、まず仕事用のスーツ、
シャツ、ネクタイ、靴を入れ、
ノートパソコンと、スウェットの
上下、タオル、下着、靴下…
最低限必要な物を詰めていった。
最後にビニール袋に入れたさっきの
作業着を入れ、蓋をすると、
玄関に向かって歩き出した。
キャリーケースを抱えてリビングの
横を通ると、嫁も娘もさすがに
驚いたようで、今さら
(どうしよう…)
と狼狽えている様子だった。
(あんな酷い事を言っておいて…)
(ホワイトカラーねぇ…)
(後悔する羽目になるのに…)
どんどん滑稽に思えてきた。
俺は大声で笑い出しそうに
なるのを堪えながら、
作業靴を履いて家を出た。
キャリーケースを車の
後部座席に入れ、運転席につくと、
最後に家を見上げて小さく息を吐き、
車を出した。
俺はとりあえず、
ビジネスホテルに部屋をとった。
軽くシャワーを浴びてスウェットに
着替えると、とりあえず
汚れた作業着を洗う事にした。
近くのコインランドリーで
洗濯を始める。
グルグルと回る俺の作業着…。
今日、家に帰る時には想像も
していなかった、今の自分の状況…。
呆然としながら、嫁と娘から
言われた言葉を思い出すと、
涙が溢れてきた。
悲しいとか、腹が立つというよりも、
ただただ虚しい……そんな涙だった。